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2007/11/28

このたびは…

紀伊半島へ
アートとカルチャーを深める マイ出張(秋編)
少し出足がおそくなったので、
もう紅葉は終わっているかなーと
思いきや、まだまだ大丈夫でした。

一日目には東吉野へ水神様巡り。
これでもかというくらいに澄み切った
冷涼な空気とマイナスイオンをたっぷ
りいただいて満腹!
ここは赤というより黄色いもみじが
目立ちました。これってまだこれから
赤くなるのでせうか?

二日目、用事を終えてふらり立ち寄った
奈良公園にて これまたすばらしい風景
にだんだんはまりこんでしまって…
写真とりつつ ひたすら 紅葉の色彩と
たわむれ…するとおあつらえ向けに
野鳥や雲のさざ波や湖面のさざ波に
うかぶ水鳥までもがひょっこりと現れて
まさに花鳥風月の世界に心もからだも
とろとろ。

うちの近所の公園も それはそれで綺麗
なんですが、どこが違うのかというと、
やはりそこに訪れる各国からの観光客や
奈良を愛するたくさんの人々が絵を描い
たり写真とったりしてよってやかって
年中無休で 愛でるから 美しさがどん
どん増して見えるのではなかろーかと。

立ち止まってスケッチをしてみたい気持ち
になったけど、大学卒業してからはめった
にそういうことしなくなったので、超照れ
くさいのです。
全く素人であれば怖いモノなしですが、、、
中途半端にデザイン屋で絵も描き文も書き
レイアウトもして…
なんてことでお客様の依頼をいただいて
命をつなげさせていただけただけに 
自分に対するだめだしがきつすぎるんですね。ーー;
それがあまりに窮屈でしかたなくなってきて
ます最近。

それを乗り越えないことには
花鳥風月の世界を絵で表現することはできない
わけなんで、今回は それに向かう一歩として
時間をかけてじっくり自然と和みながら観察を
するように意識してます。

それに加えて 史跡にかかれた歴史を読みつつ
今ココに その時代の人の思いをシンクロさせ
るのはほんとうに奥深い。タイムトリップまで
楽しめるわけです。

奈良公園の奥にある神社の銀杏がやたら目について
ひかれるままに境内に入っていくと、
菅原道真公が読んだ あの有名な 歌碑が
あるでは あ〜りませんか。

「此のたびは ぬさもとりあえず 手向山
紅葉のにしき 神のまにまに」

そう、私が紅葉の美しさにつられて やってきた場所は
東大寺の鎮守 手向山八幡宮

ちなみに今回持参した移動中に読む文庫本は
白洲正子「私の百人一首」

その81頁からの内容がその場で役に立ったのでありま
した。

学生の頃にいっしょうけんめい憶えた百人一首ですが
意味なんてまったくわからないまま。
今この年になってみると少しはわかる部分もありかな
とか、だけれども、今生の私に王朝貴族の生活は 
大人になっても やはり わからん わからん。

それでも浪漫がありますね古典は。

それでは とりあえず
その日の写真を 出張先からのっけてみませう。

左から 奈良公園の紅葉/東吉野の水分神社に
ある瀧/手向山八幡宮にある菅原道真公の歌碑

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2007/11/16

超久々のオーダーメイド

今日は母と一緒に 昼から
キャリーバッグを買いに行った。
私がこれまで使っていたものは、
それなりに気に入ってたのだが、
300円ロッカー入らないサイズが
ゆえに 旅先で結構経費がかさむ
だけでなく 大型ロッカーがある
駅にしか預けられない難点があった。

今回ゲットしたのは、300円ロッカー
にぎりぎり入る19L。
女性向けにつくられた風のシェイプ
されたデザインのは18Lで同じ値段
だった。若い頃は形で選んでいたとこ
があったが、年々快適さと機能重視傾向。
かわいくても 重たいのとか 操作性
がよろしくないのは 結局使えなくて
長持ちしないから、選ぶポイントは
おのずと 年々かわってくるのだった。

洋服も然り。
必要以上に重たいものとか、かわいいけど
体が冷えたりするのは×なので、やっぱり
快適さと機能性重視のデザインを選ぶこと
になる。

そうなってくると、なかなか本当に自分に
しっくりくる既製品が年々みつからなくなっ
てくるのは確か。

ブランドで選んでも、
機能性だけで選んでも どうもしっくり
こない。

同業の友人とはいつもそのような話になって
しまうが、やっぱり 今だに「ここのブランド」
っていう決定打に欠ける。

やっぱり 1960年代 我らが子供の頃のように
オーダーメードの洋服や雑貨ってのが
一番快適で 究極にしっくりくるんじゃなかろーかと
思う今日この頃。
素材選びも産地から吟味できるし、作る人の顔も
見える。
私たちが知らないところで第三世界の資源や人々の
命や環境をを苦しめるようなやり方に無意識で荷担
することもないわけだ。

とは言え、いまさら仕立屋さんもあまり
あるわけでもないし、それなりに予算も結構
必要だしで、これまでなかなか手が出なかった状態。

だったらば
ある程度のものは自分でつくれる技術を
習得するのが一番だと思うのだが、素材により
得手不得手があり なかなか。。。

そのようなわけで、今度の出張の折
少し足を伸ばして、
伊勢の伊勢木綿屋さんに寝間着浴衣を
仕立てに行くことにした。

家でくつろぎように浴衣を着ることがマイブーム
になってからというもの、
木綿の浴衣寝間着に興味を持つようになって
ネットで調べていったら…
国内の繊維業界が 思った以上に瀕死状態である
こともわかって、ショックだった。

「安い外国製の洋服や雑貨 台頭」の裏側でおきていること。
長いこと工業製品の商品企画の現場から離れていた間に…
これは このままでは あかんなと 思った。

それにしても 予算1万円以内の寝間着浴衣といえども
オーダーメイドは超久々。
小中高時代の制服の採寸を思い出します。
わくわく。

感謝の展示棚=神棚

これまでの ん十年間、
我が家には ずっと神棚がなかった。
どうしてなのかは わからない。

この家の祖母の実家なんて
「仏壇」がない代々「神道」の家系だったのに…
なのに どーしてなのか、うちには
神棚がなかったのだ。
また、これまでそういうことを
全く誰も疑問に感じたことすらなかった。

ところが、20年近く前 私が農村に半年ほど
ホームステイすることになり、
毎朝毎朝
神棚 荒神様 仏壇にお供えする係を命じられ…
その後
実家に帰ってきてはじめて 違和感を感じた。

田舎でのそれは「宗教」とかじゃなくて
生活の一部。
ごくあたりまえの 
やってみると けっこう楽しい日課だった。

毎朝 神様に感謝を捧げることってのは
農作物がちゃんと育ってくれることを
果実やお魚がとれることを 祈りつつ
自然のいとなみによってもたらされた
様々な恵みに感謝すること。

それが 田舎にいると リアルに感じられて
毎朝毎朝 神棚に仏壇に 手をあわせて
感謝することが自然な日課となれるのだ。

私が田舎からもどってきて、とにかく
ナンチャッテ でもいいのでと、食器棚の上に
お札を並べて 庭に勝手に生えてきた榊を
飾って お供えして 礼拝をしていた。

そのときは まねごとみたいだったけど。
今年の6月頃 神社より新古品を分けていただ
けることになって 我が家にも 本格的な神棚
が完成した。

それからは 昔とは意識が ぜんぜん
違っている。

っていうのも
家族で郊外に畑を借りて 週の半分は農作業を
やっているものだから、とれたての野菜や
旬の果物を 神棚に お供えしたくって
たまらない 気持ちになってしまったからだ。

「有難うございます。」

って気持ちってよりも、 
どちらかというと…そこに
お供えできる ってことを
「誇り」に感じているみたい。(笑)

「こんな立派な作物がようやっと
育つようになりました。」

みたいな 新米ファーマーの
作品の展示棚=神棚 ってな
新しい表現の場となっている様子。

生活からにじみ出てくる
自然な感謝のこころ そして
自然な表現。

誰が強制したわけでもないのに、
毎朝家族それぞれ お祈りするのが
楽しい毎朝の日課となっております。

ありがとうございます。
柏手))


Kamidana2759

2007/11/14

棚から圧力鍋

昨日、夕方 あまりにすごい音がしたので
あわてて下におりていったら 
母が夕飯支度中 棚の上に置いていた
圧力鍋(かなり重たいもの)に手がひっかかり
流しに落っこちてきたという。
とにかく けががなくてよかった。

で、おかずを全部作り終えたところで、
あ’’ 電気釜のスイッチをオンにしてなかった
ということが発覚。

そこで、
あわてて さっき棚から落ちてきた
圧力鍋に 緊急出動いただき
20分ほどで美味しいご飯を見事に炊きあげ
一件落着。

そのときふと、、、
さっき棚からおっこちてきた圧力鍋ってのは
きっと「電気釜に電源が入っていません」
というアナウンスがしたくて、自ら棚から
おっこちて 教えてくれたんではなかろーかと

竈の神の怒りとかでも
ムンクの叫びでもなく…(笑)
水にひたされたお米たちからのメッセージを受けて
使命にかられた「鍋の叫び」ってことじゃないの?

なんて 母と真面目顔で語り合っていた。(笑)

そして、今日の昼頃。
マイ部屋の大鏡の上に飾っていた 
壁掛け式のミニ神棚
(旅先でゲットしたお札などを飾っている)
がいきなり落ちてきて 床に当たってばらばらにな
ってしまった。

うわ〜 これは 
こともあろうに お出かけ直前に 
大変なことになってしまった!!!

と、
頭はごく普通に反応したのだが、

あまりにもみごとに 壊れてしまったために
不吉な感じどころか、 酒樽を割ったときの
ような おめでたい すがすがしさが 木の
香りとともに心に伝わってきたのであった。

頭では 
不謹慎じゃないの〜 と思いつつ。。。。

おお、これは 
もしや天の岩戸が開いたのかもしれない。

なんてわくわくする予感がして、

そのまま車に飛び乗ったら
車内のデジタル時計が1時11分を指し
私を出迎えてくれた。

新しい時代というのは、一つの古い形が壊れた
ところから やってくるわけで。
ベルリンの壁の崩壊のように。

一瞬の青天の霹靂状態は 悪いことではなく
ブレークスルーってことで
そのおかげで 心のブロックも壊れ 執着から
解放され 新たな創造につながれるチャンスとなる。

たとえば
私が地元大学卒業後に上京することを
ぎりぎりまで誰にも内緒にしていたものだから、
両親がそのとき 経験した 青天の霹靂 ってのは
かなり強烈なものだったに違いない。とか
今思うと。

だけど そのときの決意と実行なしには 
今の自分は
存在しないわけで 
結果オーライ。
今は誰もそれを責める人は いない。

だからそのとき それが いいとか悪いとか
簡単に いえないのである。

な〜んて考えていたら
出先で そのような打ち明け話(従兄弟の電撃結婚話)
をきくことになった。

何はともあれ
おめでとう。

棚から圧力鍋
壁から神棚が
落ちてきて
きづいたこと

それは

落ちてきたからといって
こわれたからといって
条件反射的に
単に おそれてばっかりでは
あかんよ

その状況をみて
どう感じるか?

ってことが重要なんでは?

って考えさせられた出来事でした。

2007/11/13

今朝の神託?

母の得意技 超うろおぼえシリーズ 朝から一撃あり。 母:ねえ「しんしゅうせかい」  ってなに? そこで 父が、だめおしの  うろおぼえー2を発する 父:おかあさんそれは  「しんしゅんせかい」やろ。 虹:二人ともびみょーに っていうか ぜんぜん違うってば、 「せいしんせかい」=精神世界 だよ。 お母さんのいう世界は 信州世界?  それって 信州にできた  あたらしい 桃源郷のようだわ^^; …でもありそうな気もする。 で、お父さんのいう世界は 新春世界?  それって 正月だけ特別に営 業している 桃源郷のこと? いずれもありそうな気がするし^^::: そういう風に思わせてしまえる 強引さがあるな。 ふたりとも。 ていうか、  父母のハイアーセルフか守護神か はたまたご先祖が 今朝 私に伝えたかったことは 「楽園はどこにでも できる」  ってことだな、きっと またしても、朝から一撃をくらわされ 固定観念がとっぱらわれてしまいました。 m__m

2007/11/10

梅ばあちゃんに会いに行く

先日和水町の Iさんが どなたかから
もらい受けた結構大きな梅の木を 
二トントラックで運んでこられたそうな。
そして私たちが借りている前原の畑の脇に
植樹してくださった…と父と弟から話をき
いていたので、本日早速撮影にでかけた。

いつもは車で直行するけど、今日は途中で
車を降りて20分ほどのウォーキングを楽
しみながら畑へ向かった。

車で行くと一瞬で通り過ぎてしまって、
観ることができない風景や肌で感じる雰囲
気が伝わってくるので歩くのは楽しい。

そして、畑に到着すると、
あ、あの木なのね。と、すぐわかった。

畑の一番奥で 待ちうけてくれてた
その姿は 
なんとも…とってもおだやかで 
まるで、田舎のおばあちゃんが 
ようきたね って笑顔で立っているみたい。

美しい形をした 可也山を背景に
春に花が咲いた風景を空想していたら、
遠景に しのびあしの白鷺が入ってきた。
う〜む。 
こういう風景を日本画に描いてみたい
ものだなぁ。
と静かな感動と創作意欲が大地からふつふつ
わいてきた。

そんなわけで、本日は
畑で作業はほんのちょこっと
今晩食べるにんじんの葉っぱを
間引いただけ。


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2007/11/09

木々との暮らし

植えたわけでもないのに
食べたあとの柿の種が庭土に落ちたのか、
玄関前の庭に柿の木が生えてきた。

今年で5年くらいになるけど、去年初めて
実がなって、でも台風でまだ青い小玉のう
ちに全滅。
今年はあまり台風が直撃しなかったのと、
周りに生えているハーブや蔓植物たちが
ちからをあわせて 守ってくれたおかげで
30個近くちゃんと実ってくれた。
今日、そのつるし柿を母と作る。
小さな木だけど そのわりにはたくさん実
ったものだ。

中庭には榊が3本、勝手に生えてきて、
10数年になる。今年神棚をつくったので、
ようやく定期的に手入れがで行き届くよう
になった。

日常生活に活用することで、木々は活かされ
そのような樹木とは共に生きている感覚が強い。

はたまた、
雨の日の方が紅葉が数段美しく見えるから、
雨の日の散歩が楽しみになってしまったり。

木々があるから 歩きたくなる。

私たちは、都会に住んでいても、
木々と共に呼吸していることを決して
忘れてはいけない。
自然に生かされているんだな、私たちって。
日々実感して感謝することって かなり 重要。

写真左:庭で実った柿、この後つるし柿に…
写真右:小雨の日は一段と美しい東公園の紅葉

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2007/11/08

大いなる・宇宙のパワー

先日より心を入れ替えて、
ポジティブシンキングに
戻るトレーニング中。
10月末にふと舞い込んだ
愛と叡智の紀州備長炭研究会
のメルマガから
The Secret ザ・シークレット DVD 最初の20分
を観て、そして 閃いて
単行本 ザ・シークレット (角川書店)
をアマゾンで速攻予約して 
11/2にゲット。
早速午後から読み始めて
その日のうちに一気読み。

すると、そのすぐ翌々日
久々友人宅を訪れると、、、
なんと そこには私がずっと探していた
情報が 置いてあったのでした。

それは
「グラビトン エネルギー」
宇宙に無尽蔵に存在するパワーで、
量子力学上で 重力子というらしい。

それは すでに山ほど出版されている
古今東西様々な宗教〜スピリチュアル系
の本に「必ず」出てくる、
勿論、ザ・シークレットの中にも
びしばし 出てきた
サムシング・グレート=
「大いなる・宇宙のパワー」のことだ。


キーワード検索して、大変わかりやすい
サイトを発見。
幸up研究所・幸up塾(グラビトン理論…について)
なるほどー と感動して、感謝。>幸up研究所様
このサイトでおすすめとされてた
腕ふり運動
も、一昨日からはじめた。
朝夕1000回ずつ。

これがなかなかすばらしい。
腕を前後に振るだけ かなりシンプル。
直感的に かなり効果かなりとみた。

このサイトにもある本物商品は前から
愛と叡智の紀州備長炭研究会
サイトでも気になっていたものばかりで、
今度少しずつ生活に取り入れていこうと
思ってます。

このようなすばらしい情報を教えてくださ
った皆様、そして大宇宙に 本当に心より
感謝いたしております。

ほんとにほんとに ありがとうございます。

ザ・シークレットの中に出てくるシンプル
な宇宙のルール。

思い(願い)は 「必ず」
現実になる(かなう)

それがあまりにも わかりやすく現れた
ここ一週間の出来事のほんの一部を書い
てみました。

実をいうと、もっと たくさん起きてい
るのですが(家族そろって取り組んでい
るために)
、、、、またおいおい。

2007/11/07

11月よりゆるりと復活です

このブログに書いてきた 今のココろ日記
諸事情でしばらくお休みしている間、
少し背伸びした内容で 別のブログに書い
てみたのですが…なんだか どうしてか
虹色らしい表現ができず 
毎日書いても 書かなくても
あまり わくわくしなくなり。
こりゃあかんなと 
やっぱりなにげないけど ほのぼの楽し
いことを 友人知人親戚の皆様と 幸運
にもこのサイトに迷い込んで来てしまっ
た ラッキー?な 皆様だけに
こっそりごらんいただけるよう 元通り
にいたしました。
そのよなわけで、また今後遠慮なく 
たまにはまじめなこともかくけど、
日々は至って いつもの脱力系で
家族の なんちゃって ギャグなど
書いてゆきますので
お楽しみに。